広陵町の与楽寺(ようらくじ)に珍しい形をした十一面観音様がいらっしゃいます。
その名を十一面観音檀像と言います。
弓の材料にもなるという檀(まゆみ)の木で作られた仏像です。像高わずか31㎝で、コンパクトサイズの可愛らしい観音様です。平成7年の発見当初は白檀を用いた檀像かと思われましたが、その後の樹種鑑定によりマユミの木で製作されていることが分かりました。
与楽寺の十一面観音檀像。
左腕と右手首先が喪失されていて痛々しいですが、前後左右から観音様を写し出します。頭上に庇(ひさし)のように張り出した部分が特徴的です。こんもりと盛られた髻(もとどり)がまるで帽子のようにも見えてきます。正面に菩薩面、左に瞋怒面、右に牙上出面を各々三面一組で表しています。他に類を見ない十一面化仏の配置と緻密な彫刻技法から、法隆寺の国宝九面観音立像にも匹敵する仏像と言われます。
与楽寺の鞘仏から発見された十一面観音檀像
与楽寺の十一面観音檀像は国の重要文化財に指定されています。
平成7年と言いますから、つい最近のことです。本堂内のご本尊・弘法大師像の脇の厨子の中にいらっしゃった十一面観音像を解体修理することになりました。そうすると、像内から錦袋に包まれた像高一尺余りの観音様が発見されたのです。その優れた作風から遣唐使が持ち帰った檀像ではないかと注目を集めました。
鞘仏(さやぼとけ)とは、体内に古い仏像やその残骸などを納めた状態で造られる仏像のことを意味します。つまり、平成7年に解体修理された十一面観音像は、既に損傷していた檀像を納めるために造られたということになります。小さな仏像を収納するために大きい仏像を新たに造るわけですから、それだけこの檀像が大切にされていたということではないでしょうか。
与楽寺山門。
与楽寺の開基は、空海の伯母愛道尼と伝えられます。長らく僧侶のいない無住寺であったため、地元広瀬の村人たちが管理していたそうです。
与楽寺十一面観音収蔵庫。
現在、十一面観音檀像は鞘仏と共に本堂横の収蔵庫に収められています。
数年前の秋、明日香村にある万葉文化館の前庭で檀(まゆみ)の実を見たことがあります。実がはじけると、中から鮮やかな赤い色の種子が現れるマユミは実に印象的です。材質の非常に強いマユミのことですから、造仏の際に利用されても不思議はないのかもしれません。
山門右手に解説パネルがありました。
三間四方の堂内に本尊の弘法大師座像(奈良県指定文化財)を祀る。後頭部内側の墨書銘から応安6年(1373)に実尊、僧乗円の本願により大仏師僧行盛が制作したことが分かる。
脇に置かれていた十一面観音立像(1233)の胎内からは8世紀頃の十一面観音立像(重要文化財)が発見された。
マユミの木を使い、頭上面から蓮華座まで一材から彫り出し、冠飾・瓔珞(ようらく)など精緻に彫刻されている。宝冠や頭上面の配置が異色であり、遣唐使等が請来した可能性がある。
十一面観音檀像は一木造なのですね。
彩色や金箔を施さない素地のままの仕上げにも魅かれるものがあります。
元来、檀像とは白檀のような香木を使って造られた一木造の小型仏像のことを言います。ところが白檀は入手困難なこともあり、榧(かや)等で造られた仏像も檀像と言うようになりました。
十一面観音檀像の頭部写真。
実にオリジナリティ溢れる仏像です。仏像の盛りヘアもここまでくると、首にかかる負担が気になります(笑)
与楽寺へアクセス
与楽寺の場所ですが、他の広陵町観光スポットと同じで少し分かりづらい場所にあります。
三重塔で知られる百済寺と同じく、東に曽我川・西に葛城川の間に挟まれた場所に位置しています。百済寺よりも北に位置し、県道14号線からも割と近い場所ですのでまずはトライしてみて下さい。県道14号線からだと、新但馬橋から南へ向かうか、あるいは鳥居大橋から南へ向かうかのルートになります。地図上で見てみても、甲乙つけがたいぐらいの同じ距離感です。
与楽寺の手前に架かる与楽寺橋。
左手向こうに見えているのが、与楽寺駐車場と十一面観音収蔵庫です。
川の名前を広瀬川と言います。
細い川ですので、観光マップなどには掲載されていないようです。
与楽寺の住所は、奈良県北葛城郡広陵町大字広瀬797ですから大字の名前が川名にも使用されているようです。
与楽寺収蔵庫前に広がる駐車場。
駐車料金は無料です。拝観の際はここに車を停めることになります。駐車場の片隅にはバス停留所の時刻表も見られることから、コミュニティバスのような庶民の足も活躍しているようです。
広陵元気号 与楽寺前のバス停。
広陵町のマークである町章も見られますね。広陵町の説明によると、「広」が図案化された町章のようです。円形の丸は町の和を表し、上に伸びた山形は発展を象徴しているとのことです。
百済寺や近鉄箸尾駅の方向も案内されています。
「かぐや姫の里 はしお路」の文字が見えます。昔話でおなじみの竹取物語の舞台ですが、ここ広陵町に鎮座する讃岐神社周辺ではないかと言われています。
与楽寺の前にある与楽寺公園。
歴史スポットの近くに公園のある風景はいいものです。百済寺周辺とも共通していますね。
広陵元気号の標準発車時刻表。
1日3本のタイムテーブルです。バスで与楽寺にアクセスされる方は、発車時刻の確認が必要です。はしお元気村・真美ケ丘方面と、広陵町役場・イズミヤさわやかホール方面がそれぞれ案内されています。
龍の首に五色の珠が描かれています。
かぐや姫の求婚話に登場する4人目の求婚者・大伴大納言にまつわる挿絵のようです。
かぐや姫に求婚する五人の貴公子の名は、壬申の乱で活躍した実在の人物であると伝えられます。
竹取物語の舞台はここ広瀬田中ではなく、現在の広陵町三吉辺りとされます。讃岐一族が大和朝廷に仕えるため、竹の豊富な地に移り住んで竹取物語が誕生したと言い伝えられます。
柵越しに収蔵庫を望みます。
与楽寺の由緒やその歩んできた歴史は明らかになっていませんが、お寺周辺の小字名から広範囲に及んだ往時の寺勢が偲ばれます。与楽寺と境内南の梵字池は「寺内」、さらにその南方は「仁王前」、寺の西側には「西門」、寺の北東方向には「大般若」などの小字名が残されています。
これらのことから、かつては広大な寺域を誇ったお寺であることが推測されます。
五鈷杵を手にする本尊・弘法大師坐像
与楽寺のご本尊は弘法大師坐像です。
ヒノキの寄木造で、像高83.6cmの奈良県指定文化財とされます。
与楽寺山門の左脇に寺務所が見えます。
どなたもいらっしゃらないようなので、山門の呼び鈴を鳴らしたのですが音沙汰なく終わってしまいました。拝観の際は事前予約の必要がありそうです。ぶらりと行き着いただけの今回の訪問ですから、これも致し方ないですね。
与楽寺の宗派は真言宗に属します。
山号を金龍山と言うようです。山門から真っ直ぐに石畳が敷かれており、その正面に本堂を見据えます。
与楽寺本堂。
大棟の両端に鯱(しゃち)の瓦が見えます。
三間四方、四注造り本瓦葺きの建物です。本堂内にはご本尊の弘法大師坐像が安置されており、その他にも聖観音菩薩立像、阿弥陀如来坐像、釈迦如来坐像などが祀られます。
こちらが本堂に安置される弘法大師坐像です。
右の写真は、十一面観音立像(鞘仏)を納める厨子です。室町時代の特色を表す「黒漆塗春日厨子」と呼ばれる厨子で、屋根裏中央には「与楽寺西観音」の墨書銘があります。
結跏趺坐する弘法大師の肖像彫刻は、さすがに見る者を圧倒する雰囲気に満ちています。
左手には念珠を握り、右手には密教の法具である五鈷杵を執ります。長弓寺の境内で五鈷杵を見た記憶が蘇ります。魔を祓い、身を守るための法具ですが、歴史のスーパースターである空海が手にするとそのパワーも倍増するような気が致します。
弘法大師坐像の後頭部内には墨書があり、この仏像が応安6年(1373)6月13日に大仏師僧行盛によって造立されたことが分かります。奈良市元興寺が所蔵する弘法大師像に次ぐ古さで、中世における弘法大師像のスタンダードな形とされます。
山門横の壁の縁にも五鈷杵の意匠が見られました。
五鈷杵の上に飾られているのは転法輪でしょうか。
本堂右手に祀られていた身代わり不動尊。
覆い屋根の下に祠があり、その真ん中にお不動様がお立ちになられています。
燃え盛る炎を背にする身代わり不動尊。
身代わり不動尊と言うからには、祈願者の願いを身代わりに引き受けて下さる御方なのでしょうか。先日、テレビで放映されていた坂本龍馬ゆかりの身代わり地蔵のことを思い出します。幕府から追われる身となった龍馬が、とあるお寺境内のお地蔵様の首を木刀でなぎ倒したというエピソードです。今後その身を危険にさらすことになるであろうことを察し、自分の身代わりにその重荷を背負いこんで下さいとばかりに首を斬ったというのです。もちろん、その後龍馬はお地蔵様の横に供養の意味を込めてお手植えの松を植えたということです。
どんな願い事も身代わりに引き受けて下さるお不動様。実に有難い石像が本堂の横に祀られています。
身代わり不動尊の御前に灰のようなものが置かれていました。
これは護摩焚きに使われたものなのでしょうか。
「身代わり不動尊」の石標。
向かって右手の標には「交通安全」と刻まれています。
与楽寺公園との境目に建つ石標。
道路を挟んで、門前に公園があります。
ブランコですね。
ブランコの周りには柵が設けられています。なるほど、こうするとより安全に遊べるのかもしれませんね。
前後にしっかりと柵が設けられています。
与楽寺境内の南には弘法大師が掘ったと伝えられる梵字池があります。その東畔にある直径3m余りの平たい石の上に座って修業されたとも言われます。残念ながら今回の参拝では、弘法大師の修業石を見つけることができませんでした。次回訪れた時には是非注目してみようと思います。
目を見開いた十一面観音檀像。
肉付きも豊かで落ち着いた印象を与える仏像です。
拝観料は無料とのことですが、弘法大師坐像や十一面観音檀像を見学させて頂く際には志納で気持ちを納めておくのが良いのではないでしょうか。近鉄箸尾駅からは徒歩で30分ほどです。やはり利便性を考慮するなら、車でのアクセスをおすすめ致します。
<与楽寺周辺の観光案内>