唐招提寺の境内北西隅に佇む醍醐井戸。
唐招提寺創建当初に鑑真が掘った井戸と伝えられます。その水の味が最上であることこら醍醐井戸と名付けられています。そもそも醍醐とは、牛や羊の乳を煮詰めて濃くした「酥(そ)」を、さらに精製した液のことを言います。その濃厚で甘味のある味が特徴です。明日香村で「飛鳥の蘇」として販売されている古代チーズを思い起こせば、何となくその ”醍醐” もイメージできるのではないでしょうか。
唐招提寺の醍醐井戸。
覆屋の中に井戸があり、紙垂によって結界が張られています。
仏の教えにも通じる醍醐味
唐招提寺の本坊西側にある醍醐井戸ですが、今もその中には水が湛えられています。
誠に残念ながら、既に「最上の味」を思わせるような清らかな水ではありませんが、掘られた当初は鑑真和上ゆかりの井戸ということもあり、大変有難い井戸であったことが推測されます。
仏の教法の、優れて尊い味わいのことを醍醐の法味(だいごのほうみ)と申します。深遠な仏の教えを濃厚なチーズに例えた言葉ですが、醍醐の法味はそのまま「醍醐味」という言葉にもつながっていきます。
かつては醍醐味が味わえたであろう井戸。
石材同士が巧みに組み合わされ、八角形の形をしています。
縁起をかつぐ末広がりの「八」にも通じ、目には見えぬご利益が感じられます。
厳重に鍵が掛けられていました。
鑑真大和上の井戸ということで、境内においてもしっかりと管理の目が行き届いているものと思われます。
醍醐は五味(ごみ)の中の一つとされます。
仏教における五味とは、牛乳を精製する過程における五階級の味を意味します。五味は乳味・酪味・生酥(しょうそ)味・塾酥味・醍醐味の五階級に分かれます。涅槃経においては醍醐味を涅槃に比し、天台宗では五味を五時に配当します。
如来の最上の教法のことも醍醐味と申します。悟りを開いた仏として、衆生から仰がれる如来。その如来による最上の教法も醍醐味なのです。とにかく深い醍醐味。
醍醐井戸の覆屋の中に、なにやら祠のようなものが祀られていました。
これは一体何なのでしょうか?少し気になりますね。
唐招提寺の伽藍が見えます。
左から講堂、鼓楼、礼堂の建物が並んでいます。
唐招提寺の歴史を偲ばせる東塔礎石
醍醐井戸の脇に目をやると、大きな石が置かれているのが分かります。
白藤の咲く藤棚の下に、苔生した4つの巨石が並んでいます。
唐招提寺の東塔礎石。
唐招提寺にはかつて五重塔が建っていたと言われます。
東塔があるからには西塔もあるのかと思ったのですが、どうやら西塔は存在していなかったようです。現在は醍醐井戸の脇にある東塔礎石ですが、以前は講堂前に置かれていました。東塔跡から掘り出されたと伝わる礎石を前に、唐招提寺の意外な史実に想いを馳せます。
礎石の真ん中上部に枘(ほぞ)が見られます。
木材や石材を接合するため、突き出たり凹んだりした部分を枘(ほぞ)と言います。ちょうど乳首のように突き出た東塔礎石のほぞを見て、この上に継ぎ合わされた五重塔の柱はどんな感じだったのだろうかと想像します。
東塔礎石の前に、よく分からないものがありました。
三角屋根に囲われた覆屋の中は一体何なのでしょうか?
唐招提寺戒壇。
境内で最も ”唐招提寺” を感じさせてくれる場所です。
律宗総本山の唐招提寺にとって、戒律の順守を誓う戒壇は必要不可欠な存在です。
八角形の枠を決める石の下にも、大小様々な石が積まれていますね。
これらの石積みも、掘られた当初からその姿をとどめているのでしょうか。
醍醐井戸のすぐ脇にも、不思議な石造物が見られました。
これも何かの礎石なのでしょうか。東塔礎石よりもはるかに小さいものですが、唐招提寺の長い歴史の中で活躍していた時期があったのかもしれません。
唐招提寺本坊内の蓮。
ロータスロードで賑わう唐招提寺に、カメラを片手に参拝する人の列が絶えません。
境内のお土産物売場で、唐招提寺名物の招提味噌(しょうだいみそ)を購入して帰路に着きます。招提味噌は鑑真和上が来日する時に、船の上で食べていたものをヒントに作られています。粒々の大豆が残る味噌に野菜が加わり、大変深みのある味わいで、まさしく鑑真由来の醍醐味を味わうことができます。