藤原宮跡キバナコスモスと藤原京資料室

藤原宮跡の醍醐池西側に咲く黄花コスモス。

秋の秋桜よりも一足早く見頃を迎えるキバナコスモスですが、太陽の光をいっぱいに浴びて風に揺られていました。

藤原宮跡のキバナコスモス

まだ蕾の状態のものも見られますね。

キク科の花で、別名をオレンジコスモスとも言います。メキシコやブラジル原産のキバナコスモスが日本に伝わったのは大正時代初期とされます。藤原宮跡という場所柄、万葉時代に咲いていた花を期待する人も多いものと思われますが、キバナコスモスはれっきとした舶来種です。秋桜(コスモス)には見られない野性味を感じさせます。

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藤原宮跡の夏ゾーンへアクセス

藤原宮跡のキバナコスモスは「夏ゾーン」に咲いています。

藤原宮跡と一口に言っても、その広大な敷地ゆえどの場所に開花しているのか事前にチェックしておく必要があります。藤原宮跡といえばハスの花も有名です。蓮ゾーンには11種類の花蓮が開花しており、早朝から数多くのカメラ愛好家たちで賑わいます。

藤原宮跡キバナコスモスと耳成山

耳成山を背景に開花するキバナコスモス。

大和三山の耳成山とキバナコスモスの写真はウェブ上でもすっかりお馴染みですが、ここ夏ゾーンの他にも、朝堂院東ゾーンにおいてもキバナコスモスが咲いています。

藤原京資料室の駐車場

キバナコスモスを見るために利用した橿原市藤原京資料室の駐車場

駐車場の向こうに大和三山の畝傍山を望みます。

畝傍山の手前左側の建物に注目です。この建物の二階に、藤原宮跡の学習スペース「橿原市藤原京資料室」があります。

藤原宮跡見頃の花

駐車場の脇に、見頃の花としてハナハスとキバナコスモスが案内されていました。

出し入れのできるプレートが嵌め込まれています。おそらく秋のコスモスシーズンになれば、ここに「コスモス」のプレートが嵌め込まれるのでしょう。

藤原宮跡の夏ゾーン

駐車場の出口に「夏ゾーン」を示す案内表示が出ていました。

信号のある四つ角の斜め向かい側がキバナコスモスの咲く夏ゾーンです。

藤原宮跡夏ゾーンの入口

夏ゾーンの入口のフェンスが開けられていました。

ここを入って行くと、北の方角に耳成山を望む場所に出ます。

藤原宮跡のキバナコスモス

畔脇に見事なキバナコスモスの群生が見られました。

ひょろっとした茎の先に、黄色やオレンジ色のキバナコスモスがちょうど見頃を迎えています。

藤原宮跡の注意書き

ここは醍醐池の真横です。

方角的に言えば、醍醐池の西側に当たります。

注意書きの看板がありました。

当池の周辺は火気厳禁です(バーベキュー・花火等)。ゴミは各自持ち帰って下さい。

平成25年度 醍醐町自治会 醍醐町農事委員会

確かに広々とした場所ですから、夏になるとバーベキューや花火などの娯楽が頭をよぎるのかもしれません。しかしながら、ここは特別史跡の藤原宮跡です。くれぐれも羽目を外すことのないよう、改めて注意が必要ですね。

藤原宮跡のキバナコスモス

蜜を吸いにやって来たのでしょうか。

少し赤みがかったグラデーションも美しいですね。

藤原宮跡のキバナコスモス

大和長寿道沿いにキバナコスモスの幟旗が立っていました。

「藤原宮跡の夏」と題するチラシを見てみると、キバナコスモスの見頃は8月中旬~9月上旬と案内されています。花の開花時期はその年の天候によっても左右されます。8月下旬に訪れた藤原宮跡でしたが、全体的には満開とは言えない状況でした。夏ゾーンの北側は雑草が目立ち、今年は開花には至らなかったものも多かったようです。それに反し、南側はまだこれから徐々に咲いていくものと思われます。

車が行き交う道路沿いに開花している南側のキバナコスモスですが、このまま真っ直ぐ西へ向かうと、程なく風鈴まつりで賑わうおふさ観音へアクセスします。

藤原宮跡のキバナコスモス

青空によく映えるキバナコスモス。

この畦道を真っ直ぐ西へ向かいましたが、途中で足元がぬかるんでいたので引き返しました(笑)

藤原宮跡と香具山

藤原宮跡と天香具山。

長方形に囲われたスペースがありますね。藤原宮はお宝の宝庫であることを考えると、何かの保全が行われているのでしょうか。

藤原宮跡限定ネームタグと入室記念スタンプ

藤原宮跡は平城宮跡と共に、歴史的・学術的に貴重な価値を有する重要な遺跡として、昭和27年に特別史跡に指定されています。

そんな藤原宮跡の大極殿跡に最も近い資料室が、橿原市縄手町にある橿原市藤原京資料室です。

藤原京千分の一模型や藤原宮跡の出土品をはじめ、藤原京の再現CGが楽しめる映像コーナーや解説パネルなどが用意されています。

橿原市藤原京資料室

橿原市藤原京資料室。

JAならけん橿原東部経済センターの2階に入っています。

橿原市藤原京資料室

藤原京資料室の入口。

ドアが開いた状態になっていて、右側に階段が見えています。

万葉歌碑

階段を上がって行くと、持統天皇の万葉歌碑が出迎えてくれます。

「春過ぎて 夏きたるらし 白妙の 衣ほしたり 天の香具山」

藤原京は持統天皇が造り上げた都です。西暦694年から710年まで16年間続いた藤原京。中国の都城制に倣って、初めて本格的な都市計画の元に造営されました。天武天皇が計画し、その皇后であった持統天皇の御代に完成を見ました。飛鳥浄御原宮から遷都してきた藤原京の敷地面積は実に広大で、東西、南北共に約5.3㎞にも及んだと言います。

橿原市藤原京資料室入室記念スタンプ

藤原京千分の一模型の手前に、入室記念スタンプを押印する場所が設けられていました。

3つのスタンプにはそれぞれ番号が振ってあり、菜の花と耳成山の風景画の下に1番の「藤原宮大極殿」のスタンプを押します。さらにコスモスと畝傍山の風景画の下には2番の「藤原宮軒丸瓦」、蓮と香具山の風景画の下には3番の「碧台蓮」スタンプをそれぞれに押します。

藤原京資料室の記念ネームタグ

藤原宮跡限定ネームタグ。

左上には KASHIHARA MAIL と書かれ、橿原市の金鵄を模ったロゴマークが付いています。

大和三山の畝傍山とハナハスの風景写真が切手になっていて、消印には橿原市観光PRキャラクターのさららちゃんが描かれています。藤原京資料室の記念ネームタグ

世界遺産登録を目指す「飛鳥・藤原の宮都とその関連資産群」。

ネームタグにはハナハス以外にも、夏の藤原宮跡を彩るキバナコスモスのバージョンもあるようです。

ネームタグは藤原京資料室の受付に置かれていて、藤原宮跡の思い出に自由に持ち帰ることができます。旅行バッグや普段使いのバッグなどに付けて利用するもののようです。

藤原京資料室の千分の一模型

藤原京千分の一模型

約6m×7mの立体模型です。

四方には解説パネルが置かれ、藤原京の歴史を学ぶことができます。

立体模型にはありがちですが、興味のある分野のボタンを押すと地図上がピンポイントにライトアップされます。ちょっとした臨場感も味わえて、学習意欲を掻き立ててくれます。

軽寺と見瀬丸山古墳

手前の古墳は見瀬丸山古墳です。

丸山古墳に隣接するのは軽寺です。飛鳥時代に創建された軽寺ですが、今も国道169号線の東側に軽寺跡を見ることができます。大軽町の集落の中に位置しており、史跡丸山古墳(前方後円墳)の前方部の近くに当たります。

入室記念スタンプと模型

模型の南側から藤原京を見ます。

こうやって見ると、大和三山の耳成山が藤原京の北に位置していることが分かります。

藤原京は元来、大和三山がすっぽり入ってしまうぐらいの広さを誇りました。平城京や平安京をもしのぐ規模であったと考えられています。

久米寺と畝傍山

模型の南西方向には久米寺の寺域と畝傍山を捉えます。

かつての藤原京を眼下に収める光景は圧巻ですね。天皇の国見にも似た気分が味わえます。

巨大礎石が発見された建部門

広大な藤原京の中心部にあった藤原宮。

藤原宮は天皇の住まいや政治経済の中枢機能を担っていた場所とされます。藤原宮の広さは約900m四方に及び、周りを大垣(高い塀)と濠で囲んでいました。さらに四方各面の3か所ずつには門が設けられていました。3×4で全部で12の門が存在していたことになりますね。

建部門の巨大礎石発見

藤原宮の東面中門において巨大礎石が発見されたようです。

門の名前は建部門(たけるべもん)と言います。建部門とは一体どのような門だったのでしょうか。

門を守る氏族の姓が門の呼称に用いられていたようなのですが、建部門を守った氏族は建部氏とされます。建部氏は軍事的に優れた氏族だったとされます。

それもそのはず、歴史を紐解けば建部氏は日本武尊(ヤマトタケルノミコト)の名を記念した御名代部(みなしろべ)なのです。建部(たけるべ)は大和朝廷時代の皇室直轄部民でした。古代、天皇や皇后の名前を伝えるために、その名や居所の名を負わせて置いた私領の部民を御名代(みなしろ)と言います。

武のイメージの強いヤマトタケルノミコト。そのヤマトタケルの功績を称え、その名を後世に残すために管轄下に置かれたのが建部氏なのです。

藤原宮跡では、建部門や少子部(ちいさこべ)門と墨書きされた木簡も出土しています。

建部門の巨大礎石(飛鳥石)

1トン級の飛鳥石が発見され、建部門の位置が推定通りであったことが伝えられます。

発見当時、藤原京宮城門の発掘調査は6例目だったようです。

藤原京千分の一模型

南方から藤原京を望みます。

2箇所がライトアップされています。藤原宮の南西に本薬師寺、南東には大官大寺が佇みます。藤原京の官寺(国営寺院)として重要な位置を占めていた2大寺院です。

建部門の巨大礎石が発見されたのは、現在の住所では橿原市高殿町に当たります。ちょうどハナハスの咲いている辺りだと思われますが、残念ながら現在は埋め戻されていますのでピンポイントでは確認できません。近くに住む人に聞いてみれば、その辺りの事情も分かるかもしれませんね。

古代衣装人形

古代衣装を着た人形。

千分の一模型の奥に置かれていました。

顔を覗かせるタイプの記念撮影用看板もあります。再現された朱塗りの柱に挟まれて、この場所でポーズを取ります。

藤原京資料室の映像コーナー

さらにその右側には、映像コーナーが設けられていました。

藤原京の様子を再現したCGや、当時の人々の暮らしを解説したアニメが上映されます。

高殿環濠

資料室の窓には、高殿環濠や醍醐池遺跡の地図が貼られていました。

地図の左上には醍醐環濠の文字も見えますね。

天神山城跡

こちらは耳成山の周辺地図です。

耳成山の等高線を辿って行くと、その中心部分に天神山城跡と書かれています。

こんな場所に城跡があったんですね。

近鉄大阪線の電車からも見えている古池ですが、木原古池遺跡のエリア内に当たるようです。

記念撮影の古代衣装人形

藤原京資料室入館の記念に写真を撮っておきましょう。

マネキン人形の顔に表情が無いのが少し気になりますが(笑)

藤原京の構造

解説パネルには、藤原京の構造も案内されていました。

条坊制が敷かれていた藤原京ですが、横のラインが「条」で縦のラインが「坊」ですね。平面図の右上が藤原京の南西部で、飛鳥川が斜めに流れているのが読み取れます。赤いエリアは本薬師寺です。現在はホテイアオイの名所として知られますが、当時は藤原京の官寺として重要な位置を占めていました。

飛鳥寺と甘樫丘

藤原京の南東方向にある飛鳥寺と甘樫丘。

創建当初の飛鳥寺は一塔三金堂の伽藍配置でした。この立体模型からも、飛鳥寺特有の伽藍配置がよく分かります。

藤原宮跡のキバナコスモス

天に向かって伸びるキバナコスモス。

今年の夏は猛暑でした。

お盆も過ぎ、朝晩は幾分涼しさも感じられるようになって参りました。

夜になると、当館中庭からは虫の音が聞こえてきます。虫の音を聞くことによって秋の訪れを感じるのは毎年のことですが、ほっと胸を撫で下ろす囁きにもどこか似ています。

<橿原市藤原京資料室>

  • 住所  :奈良県橿原市縄手町178-1
  • 開室時間:午前9時~午後5時(最終入室は午後4時30分まで)
  • 休室日 :月曜日(月曜日が祝祭日の場合は、その翌日)と年末年始(12/27~1/4)
  • 入室料 :無料
  • 駐車場 :無料(普通車30台、バス2台駐車可)
  • アクセス:近鉄大阪線大和八木駅よりコミュニティバスで4つ目の停留所(橿原市藤原京資料室前)で下車;全道程約20分