源九郎稲荷神社の白狐

大和郡山市に源九郎稲荷神社というお社があります。

金魚とお城が有名な大和郡山市ですが、観光ガイドブックなどを見ても寺社の名前があまり見られません。しかしながら、一歩古びた町並みを歩けば素敵なお寺や神社がたくさん存在していることに気付かされます。やこうさんと呼び親しまれる薬園八幡神社などもその一つではないでしょうか。

源九郎稲荷神社の土鈴

源九郎稲荷神社の土鈴。

参拝受付(お守り授与所)に足を運ぶと、お土産物にいいのではないかと思われる土鈴が販売されていました。朱色の鳥居の下に狐がデザインされていますね。お稲荷さんということで、やはり狐がシンボルになっているようです。初穂料は1,000円で、全て手作りのため一つとして同じものは無いそうです。

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義経千本桜に登場する源九郎狐

伏見稲荷大社をはじめ、全国各地に鎮座する稲荷神社には狐が祀られています。

稲荷は稲の神様。

稲の生育を阻むスズメを追い払ってくれるところから、狐が稲の神様の使いとされました。そういった経緯に加え、源九郎稲荷神社には独自の狐物語が言い伝えられています。

源九郎稲荷神社

源九郎稲荷神社の鳥居。

鳥居の下には二本の車止めが立ち、その向こうに拝殿が見えています。

源九郎稲荷神社の狛狐

源九郎稲荷神社の狛狐と拝殿。

宝珠を口に咥えたキツネですね。余談ですが、伏見稲荷大社の狐も宝珠や鍵を口にしています。宝珠は願い事を叶える如意宝珠、鍵は倉を開閉するキーを意味しています。源九郎稲荷神社は保倉神社とも呼ばれていますが、これは御祭神である宇迦之御魂神・保食神(うけもちがみ)に由来しています。

花火大会などで「鍵屋~、玉屋~!」と叫ぶ声を聞くことがありますが、あの鍵・玉は稲荷神の使いである狐が咥えている鍵や宝珠に由来します。おそらく江戸の花火師が、京都の伏見稲荷大社を信奉していたのではないでしょうか。

それはさておき、本題に入ります。

歌舞伎の「義経千本桜」にも出てくる源九郎狐のご案内を致します。

源義経は兄頼朝に追われて、静御前や弁慶と共に吉野山に隠れることになりました。そのあたりのお話は吉水神社境内にも見ることができます。何を隠そう、頼朝に追われていた義経を守り通した狐こそが源九郎狐だったのです。

そのプロセスがどこか物悲しく、聴く人の心を打ちます。

静御前が手にしていた初音の鼓が、源九郎狐の両親の皮で出来ていたというではありませんか。そんな経緯から、その鼓を慕って源義経の家来に化けた源九郎狐。義経と静御前に寄り添い、頼朝に追われた二人を守り通したと言い伝えられます。

源九郎稲荷神社のきつね絵馬

源九郎稲荷神社の狐絵馬。

今にもコン、コンと鳴き出しそうですね(笑)

追手から逃げる途中に、源九郎狐は義経に正体を見破られてしまいます。実はキツネであることがバレてしまったのです。その時、義経は親を慕う狐に同情したと云います。心優しい狐であることに感動したのでしょうね。そしてまた、自分達を狐の神通力で守り通してくれたことに感謝し、自分の幼少名である「源九郎」の名をこの狐に与えたそうです。

きつね絵馬

白狐のきつね絵馬

初穂料は1枚500円です。きつねの顔の裏側に願い事を書いて奉納します。

きつね絵馬

切れ長の目は黄金色、耳と口は赤色に彩色されています。

髭が六本生えていて、両側のこめかみの辺りからピンク色の紐のようなものが伸びていますね。

源九郎稲荷神社の枝垂れ桜

境内の植樹。

六代目中村勘九郎の襲名記念に植えられた枝垂桜のようです。平成24年9月26日と読み取れます。つい最近の植樹であることが分かりますね。

六代目中村勘九郎が、歌舞伎の舞台で義経千本桜を演じたのでしょうか。

勘九郎桜

その名も勘九郎桜のようです。

未来へ向けてすくすくと育っていってほしいですね。

源九郎稲荷神社へアクセス

源九郎稲荷神社の場所ですが、近鉄橿原線とJR関西本線の間に位置しています。

国道24号線からだと、下三橋町の交差点を西へ取ります。144号線を西へ進んで行くと、佐保川が南北に流れています。佐保川を横切ってさらに進んで行くと、JR関西本線の郡山駅近くに出てきます。そこも通り過ぎてさらに進むと、新紺屋町交差点に辿り着きます。交差点を左折(南の方角)してしばらく進むと、右側に源九郎稲荷神社の境内があります。

右側と言っても道沿いではなく、細い道をさらに奥へ入って行った場所になります。

郡山城外濠跡

こちらは郡山城外濠跡・洞泉寺裏濠の石碑ですね。

昔はこの辺りも、大和郡山城の領域内だったようです。

大和郡山市の金魚

金魚の養殖で知られる大和郡山市。

夏の金魚すくい選手権大会ではいつもクローズアップされていますが、道路沿いでも名物の金魚が出迎えてくれます。

源九郎稲荷神社へアクセス

この道を入って行きます。

「日本三大お稲荷さん 義経ゆかりの源九郎稲荷神社」と案内されています。

実のところ日本三大稲荷には諸説あるようですが、ここ源九郎稲荷神社ではもちろんご自身の神社を推しておられるようです。三大稲荷に名を連ねる神社を見てみると、どこも伏見稲荷大社だけは不動の位置を占めています。それはそうですよね、稲荷神社の総本社ですから。その他、愛知県豊川市の豊川稲荷、佐賀県鹿島市の祐徳稲荷、茨城県笠間市の笠間稲荷、岡山県岡山市の最上稲荷等々が日本三大稲荷として名乗りを上げています。

源九郎稲荷神社参道

左に曲がってこの道を直進します。

民家を縫うように通るこの細い道が、源九郎稲荷神社の参道になっています。

洞泉寺町

参道沿いに洞泉寺町(とうせんじちょう)の案内板がありました。

夏祭りの準備なのでしょうか、民家の軒先には提灯がぶら下がっています。

源九郎稲荷神社前の町家

参道の一番奥。

突き当り向こうに洞泉寺、その左横に源九郎稲荷神社の鳥居が見えています。

鳥居前にも随分歴史を感じさせる町家が建っていました。

源九郎稲荷神社前の町家

屋根瓦に目をやると、ラインが一直線に揃った一文字瓦が目に飛び込んできます。

格式の高さを感じさせる一文字瓦。屋根の下の格子窓も実に手が込んでいて、歴史風情に満ちたエリアによく溶け込んでいます。こういう町家も数少なくなりましたが、源九郎稲荷神社の参道にはしっかりとその息吹が感じられました。

源九郎稲荷神社の社号標

参道を突き当たって少し左に取ると、社号標が鳥居脇に建っていました。

「大和国正一位源九郎稲荷社」と刻まれています。由緒正しい神社であることがうかがえます。

源九郎稲荷神社の百度石

境内に入ると、すぐ左手に御百度石がありました。

お百度参りの標石ですね。

源九郎稲荷神社の手水舎

手水舎。

おなじみの龍の姿は見られませんね。簡易な造りの手水処です。

源九郎稲荷神社の祓戸

こちらは祓戸社。

神社参拝の際、一番最初にお参りする神様です。心身を清め、邪悪なものを追い払っていよいよ神様の御前へと進み出ます。

源九郎稲荷神社拝殿

源九郎稲荷神社の拝殿。

御神燈の提灯が軒下に吊り下げられています。

源九郎稲荷神社拝殿

鈴緒が賽銭箱の上に垂れ下がり、その左手には太鼓が掛かっています。

この場所で幾多の人が祈りを捧げて来たことでしょうか。

白狐をモチーフにした源九郎稲荷神社のお守り

神社参拝で欠かせないのがお守りのチェック。

源九郎稲荷神社のお守りには、神社にゆかりのある狐がデザインされていました。

初音のつづみ

お守り授与所に置かれていた初音のつづみ

これぞまさしく、義経千本桜の物語に語り継がれる鼓ではないでしょうか。これはきっと、源九郎稲荷神社でしか入手できないお守りですね。両親を想う源九郎狐の姿が重なります。

源九郎稲荷神社のおみくじ

開運招福の白狐人形

初穂料500円のお守りです。狐の口には巻物らしきものが咥えられています。このお守りも一つ一つが手作りと言いますから、この神社のお守りは実に心がこもっています。

参拝客の多い神社になると、お守りも大量生産を余儀なくされます。その点、こちらの神社ではそのようなことがありません。一つ一つ心を込めて作られるお守りであればこそ、そのご利益も推して計るべしではないでしょうか。狐の嫁入りという言葉がありますが、結婚式を見据えた縁結びのお守りがあっても面白いのではないでしょうか。

狐と金魚

源九郎稲荷神社の絵馬がぶら下がっています。

金魚でお口の部分が隠れていますね(笑) その向こうに見えているのは、白狐のお面でしょうか。

白狐のお面と言えば、大和郡山市主催の「お城まつり」イベントが思い起こされます。白狐のお渡りで子供たちがこれとよく似たお面を被ります。

源九郎稲荷神社の賽銭箱

賽銭箱に稲穂の紋が見られました。

稲の御紋にふさわしく、源九郎稲荷神社は五穀豊穣・商売繁盛にご利益のある神社とされます。

4月の第一日曜日には、白狐のお面を被った子供行列が練り歩く源九郎稲荷春季大祭が賑やかに執り行われます。

源九郎稲荷神社境内社

境内に祀られる源光稲荷大明神。

どこか別の場所から勧請されてきたのでしょうか。それとも、元々この場所に鎮座している神様なのかもしれません。お稲荷さんと一口に言っても、色々な神様がいらっしゃるようですね。

<源九郎稲荷神社の拝観案内>

  • 住所  :奈良県大和郡山市洞泉寺町15
  • アクセス:JR・近鉄郡山駅から徒歩7分
  • 駐車場 :無し