今宮神社の境内西方に月読命を祀る月読社(つきよみしゃ)が鎮座しています。
今宮神社楼門を入り、左手の絵馬舎の前を通り抜けると石畳の坂が見えて参ります。その坂道を登り切った突き当りに月読社が佇んでいます。
月読社。
高台から今宮神社境内を見下ろすような形で鎮座しています。
イザナキの右目から誕生した月読命
古事記によれば、月読社に祀られる月読命(つくよみのみこと)はイザナキの右目から生まれています。
妻のイザナミを追って黄泉の国を訪れたイザナキでしたが、敢え無く追っ手を振り払って逃げ帰ることになります。体が穢れてしまったイザナキは、日向にある阿波岐(あわき)の原へ行って禊をします。
禊の最後にイザナキが左目を洗うと、光り輝く太陽の神・天照大神が誕生しました。さらに右目を洗うと、煌々と月が照る夜の神・月読命が生まれ、鼻を洗うと、荒々しい建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)が生まれました。
月読社の鳥居。
三貴神の誕生に喜んだイザナキは、それぞれにこう言い渡します。
「アマテラスよ、あなたは高天原を治めなさい。ツクヨミよ、あなたは夜の国を治めなさい。そしてスサノオよ、あなたは海原を治めなさい」。
今宮神社楼門。
額縁になった楼門を通し、境内から南の船岡山方向を望みます。
月読社へ続く石畳。
左手には今宮神社の絵馬舎があります。
月読社が今宮神社の西の方角にあることからも、夜の国を治める神様であることがうかがえます。
月読社の鳥居に修復の跡が見られますね。
右手に見えているのが絵馬舎です。
月読の「読」には、月齢を数えるという意味があります。
稲作や潮の満ち引きに深い関係があるのではないかと言われています。
目や鼻から生まれた神様
イザナキの右目から生まれた月読命。
人の体のパーツである「目」や「鼻」。日本語は元来、耳で聞こえる ”音” にこそ重要な意味が隠されていると言います。目や鼻はそのまま、自然界における植物の「芽」や「花」に通じています。ついでに言えば、耳は「実」に由来しているとも言われます。
命の営みの中で、芽が出るというプロセスはとても重要です。
空腹を満たすには少し物足りないような気も致しますが、今宮神社の門前で食べるあぶり餅の味は格別です。
月読社の表札。
アマテラスの次に生まれている。やはり順番としては二番目なのですね。
陰陽で言うなら陰を表しているのでしょうか。
アマテラスの陽に当たる「日(ひ)」は、「日(こ)」と発音していました。現在では二日(ふつか)、三日(みっか)などと言う「か」に変化していますが、「暦(こよみ)」という言葉の中にその歴史を見ることができます。
日を数えることが「日読み(こよみ=暦)」だったのです。
左が先で、右が後。
これも何となく分かるような気が致します。
左大臣に右大臣などは、その良い例ではないでしょうか。
人の視線はまず左側に向かいます。そのため、ホームページのメニューバーなども左側に重要な項目が並んでいます。お祝い料理の尾頭付きの魚は、決まって左側が頭で右側が尾っぽです。目が一方に偏っていることから、「左ヒラメに右カレイ」なんて言ったりしますが、これは選別方法を表しているだけで関係ないかもしれませんね(笑)でもやっぱり、ヒラメの方が高級ではないかという声が聞こえてきそうですが。
イザナキの右目から生まれた月読命。
古事記のストーリーと照らし合わせながら、境内を散策してみるのも面白いかもしれません。