『二引きに桜』仁和寺の寺紋

真言宗御室派の総本山である仁和寺。

その寺紋は「二引きに桜」とされます。

桜が紋に使われているのは、御室桜が境内に咲き誇る仁和寺であればすぐに納得ができますね。しかしながら、なぜ引両紋(ひきりょうもん)が使用されているのでしょうか。その理由は一体どこに?

二引きに桜

二引きに桜。

国宝金堂の香炉台に見られる二引きに桜の紋。

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引両紋に込められた意味!表舞台から退いた宇多天皇の御室御所

第59代宇多天皇が開山の仁和寺。きぬかけの路沿いに佇むお寺で、金閣寺や龍安寺とセットで参拝される方も多いでしょう。

線を引いただけの、簡素で武骨な引両は武士に人気のあった紋として知られます。足利将軍家の紋としても有名です。引両の意味は、合戦のときに陣地を囲む陣幕からきていると言われます。

引両の漢字表記には数種類あって、「引龍」「引霊」「引領」などとも記します。

この内、引両の両は龍を表すというのが一般的な解釈として通っています。禅寺のお堂の天井に描かれる龍、水を司る龍神信仰など、昔から龍に対する人々の憧憬にはひとかたならぬものがあります。

仁和寺金堂

国宝に指定される仁和寺金堂。

画竜点睛といえば、物事を完成させるための最後の仕上げを意味しますよね。

画竜点睛の「睛」はひとみを意味します。目を描いて魂を込める、大切な最後の仕上げの作業です。引龍の意味を解説する、画竜点睛にも似た逸話が残されています。

1333年に北条氏と戦っていた赤松円心。もはやこれまでと自刃を決意し、石清水八幡宮に向かって手を合わせます。その時、天のお告げが耳に響きます。

北条氏の家紋は鱗、一方の赤松氏は左巴。両方とも水を表していて勝負がつかないから、赤松方の左巴紋に龍を加えると勝利できるというものでした。お告げに従った赤松氏は奇跡的な勝利を収めたと伝えられます。

自分の家紋に龍を加えた。

そのことによって生命が漲り、パワーが倍増したのでしょうか?自刃をも覚悟した赤松円心が見事な勝利を収めたというエピソードです。それ以降、赤松家では「二引両に左巴」を紋と定めているようです。

仁和寺五重塔

仁和寺五重塔。

領地のボーダーラインを表す「引領」にも、戦のきな臭い雰囲気が漂います。

もう一つの解釈としての「引霊」には、太陽と月という意味合いが込められています。一つ引きの一本の場合は太陽の日精、二引きの二本の場合は月の月精を表します。引両には太陽と月、陽と陰の二極を表現する「引霊」という考え方もあるようです。

ご本尊の仏像の両脇侍として立つ日光・月光菩薩像には、昼も夜も、昼夜を問わずに仏の教えを守り抜く姿が表現されています。

仁和寺の寺紋は「二引きに桜」ですから、引霊の解釈では「月の月精」を表していることになりますね。

代々法親王が入寺する最初の門跡寺院でもある仁和寺。

開山の宇多天皇は譲位後に、ここで出家して居住しておられたところから「御室御所」とも呼ばれます。表舞台から退いた天皇の棲家であった場所です。何となく月のイメージが重なってくるような気がします。

御室桜

仁和寺の御室桜。

拝観させて頂いたのは1月初旬とあって、華やかな桜の姿をお見せすることはできませんでした。

この丈の低い桜の木が著名な御室桜です。

昼間の表舞台から退いた宇多天皇が、出家して暮らしていたと伝わる夜間の裏舞台。二引きに桜の寺紋から、どうもそのようなイメージが形成されていくのを覚えます。あくまでも個人的見解ですので、定かなことは分かりませんが、色々と想像してみるのも歴史の醍醐味の一つではないでしょうか。

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