法然上人を仰ぐ指図堂。
東大寺大仏殿から西へ、戒壇院に向かう途中に法然上人を祀る指図堂があります。
東大寺指図堂。
指図堂は東大寺再興の際、大仏殿の計画図面を展示したお堂です。
浄土信仰に共鳴した重源上人との出会い
東大寺再建のための建築事務所のような役割を果たしていたのでしょうか。
大きな板絵に描かれた「指図」、すなわち大仏殿の建築計画図面が展示されていたようです。
東大寺南大門。
東大寺はその昔、学を志す人たちのために開かれた学問道場のような場所でした。仏教史に燦然と輝く空海や法然も、ここ東大寺で学んだ時期があります。
東大寺再興の祖といえば、重源上人の名前を思い出します。
念仏による浄土信仰に共感した重源上人は、再建途上の東大寺に法然を招き入れます。
この時、重源上人70歳、法然上人58歳であったと伝えられます。
東大寺指図堂は法然上人二十五霊場の第十一番札所にもなっています。
普段の平日は閉められている指図堂ですが、週末だけは解放されています。無料でお堂の中に入ることができるんですが、当番のおばさんに色々お伺いしました。
浄土宗の法然と華厳宗の東大寺がなぜつながっているのか不思議に思いましたが、重源上人との関係を知るにつけ、なるほど納得のお話でした。
現在の指図堂は嘉永5年(1852)頃に建てられています。
この辺りは法然上人ゆかりの霊場であるから、法然上人の画像を本尊とするお堂を再建したいとの願いが東大寺に寄せられ、今の指図堂が建立されました。
浄土宗徒の喜捨を受けて建てられた指図堂。
多くの人々の願いが込められた立派なお堂なんだと改めて感じ入ります。
人気アニメキャラクターのスティッチが奈良公園の鹿とコラボしています(笑)
目の前で実の父親を殺害された法然上人。
決して人を怨んではならない、復讐は醜い悪縁を作り出す元になるだけである。
そんな父親の遺言を胸に歩み続けた法然上人の偉大さに感服します。奈良の東大寺にも、しっかりと法然上人の足跡が刻み込まれています。