大神神社摂社の綱越神社。
夏の花火『おんぱら祭』で知られ、祓戸大神を祀る延喜式内社です。
大鳥居の南方にある小さな杜に鎮座しています。綱越神社には、磐座が二箇所祀られていました。
綱越神社の磐座。
割れ目が入り、少し特異な形をしていますね。
拝殿の右手前にひっそりと置かれています。綱越神社の磐座といえば、拝殿右奥の注連縄を張ったイワクラを思い浮かべるのですが、こんな足元にもあったとは・・・これは失礼致しました。
結界に位置する夏越の神様&神饌をお供えする石
綱越(つなこし)の名前の由来は、「夏越(なごし)」ではないかとも言われます。
上半期の穢れを祓う神事である夏越の祓。ちょうどその時期に花火大会が催されます。場所的にも三輪山の入口に当り、ここが結界であることをうかがわせます。
綱越神社拝殿と、その奥に控える本殿。
7月末のおんぱら祭では、恒例の神馬曳きも行われます。
時をまたいで越える「夏越」とも取れますが、綱越神社の立地を考えれば、綱を越境する”空間的”意味合いも含まれるのではないでしょうか。結界に張る綱は、明日香村稲渕などでもおなじみですよね。
紙垂が風に揺れていました。
綱越神社から細い道を東へ行けば、大神神社一の鳥居が建っています。車社会になってから、大鳥居が一の鳥居のような位置付けになっていますが、本来は違います。今は夫婦岩の手前にある祓戸神社で心身を浄めるイメージがありますが、かつてのお祓いは綱越さんだったのかもしれません。
大神神社社号標と二の鳥居。
「神」の文字が重なります。この辺りは三輪姓発祥の地とされますが、「神々」と書いて「神々(みわ)」と読ませる苗字もあるようです。
こちらはオオタタネコ神社(若宮社)の磐座。
御饌石(みけいし)と言います。
毎年1月1日の真夜中に行われる御神火祭の時、久延彦神社に神饌をお供えする石とされます。学問の神様・久延彦神社にお参りするには、長い石段を登って行かなければなりません。そのためか、久延彦さんの遥拝所にもなっています。
若宮社の拝殿前にあります。
ここから右上手に久延彦神社が祀られています。
見るからに用途に見合った石ですね。表面が平らで、神饌をお供えするには最適です。
「御饌・御食(みけ)」とは、神または天皇に差し上げる食料のことを意味します。「みけつ神」は食物を司る神であり、お稲荷さんの”宇迦の御魂”なども含まれます。
お稲荷さんの代表格、京都伏見稲荷大社にも御饌石があります。
稲荷山三ヶ峰(みつがみね)の神々にお供えをした「御膳谷奉拝所(おぜんたにほうはいじょ)」に行けば、柵に囲われた御饌石を見ることができます。
若宮社の御饌石をめぐっては、”三輪山麓の磐座”ではないとする説もあるようです。
若宮社はかつての「大御輪寺」でしたが、その堂宇の礎石ではないかという意見も聞かれます。大御輪寺に祀られていた十一面観音は聖林寺へ、さらに十一面観音の脇侍だった地蔵菩薩は法隆寺へ移り、それぞれに国宝仏像として安置されています。
綱越神社の磐座。
こちらの磐座は以前から知っていました。
鉢巻きのように注連縄を掛けています。
40年ほど前の写真には注連縄が無かったようで、古代からの信仰の対象であったか否かは不明です。山ノ神遺跡のように三輪山祭祀の痕跡が見つからない限り、なかなか特定には至らないのでしょう。
すぐ背後には国道169号線が通っていますが、磐座の周りは水を打ったように静かです。
三輪山麓の磐座は実に多種多様です。
山ノ神遺跡や貴船神社などに比べれば、駐車場からも程近く、気軽に足を運べます。自然崇拝が残る三輪山の象徴の一つですね。まずは此処で手を合わせてから、一の鳥居、二の鳥居と進んでみてもいいでしょう。