子供の多かった一昔前には、おさがりという言葉がよく使われました。
兄弟姉妹の間を順繰りに下りていく古着のことを指しますが、古語の世界においては「御下がり」とは元日、またはお正月三箇日に降る雨や雪のことを意味します。おさがりが降ることは豊年の徴(しるし)とされました。
穴師坐兵主神社境内の祠。
お正月の慈雨のことを「おさがり」と言うことを実は今まで知りませんでした。貴重な水資源と共に生きてきた日本人の生活が垣間見えます。
神様からの頂き物のこともおさがりと言います。神様から降りてきた神饌などもおさがりと言ったりします。祭事などで神様にお供えした食材を、祭事の後に参列者が揃って頂く習わしのことを宴(うたげ)と言います。うたげは「打ち上ぐ(うちあぐ)」の連用形名詞「うちあげ」の約であると思われます。打ち上ぐとは、手を打ち鳴らしたり声を張り上げたりすることを言います。酒盛りの場ではよく見られる光景ですよね(笑) 宴会の起源には、おさがりの存在があったことを再確認しておきましょう。
富正月の俳句を残した小林一茶
おさがりを詠んだ小林一茶の俳句をご紹介致します。
おさがりや 草の庵の もりはじめ
何とも美しい響きの言葉ではないでしょうか。
神様からの頂き物だとすれば、「御下がり」よりも「御降(おさがり)」と表記する方がしっくりきます。豊年の予兆でもあったことから、富正月(とみしょうがつ)とも呼ばれたおさがり。神様やお天道様を敬う気持ちが込められていて、後世にも残しておきたい言葉だと思います。
穴師坐兵主神社境内の池。
今では時には嫌がれる ”古着のおさがり” ですが、その言葉の由来には日本人の心が感じられます。
相撲神社の土俵。
神と仰がれた天皇から下賜される物を禄(ろく)と言います。禄は衣服であることが多く、衣食住が十分でなかった時代には着物が珍重されていたことがうかがえます。昔は現代のボーナスに当たるものも支給されていましたが、それらを季禄(きろく)と言い、その中身は着物でした。衣服の禄を賜っていたことから、その流れで兄から弟へ橋渡しされる古着のことも「おさがり」と言うようになったのかもしれませんね。
もう一句、高野素十(たかのすじゅう)の俳句をご紹介しておきます。
御降(おさがり)と いへる言葉も 美しく
いずれにせよ、おさがりという言葉には神様が関係している。そのことを忘れてはなりません。