発掘調査速報展開催中の橿原考古学研究所附属博物館。
今年も恒例の速報展に足を運んで参りました。「大和を掘る」と題する展示会で、新たな出土品を見学することができます。速報展と併せて目を引いたのが、モンゴル草原で発見された極彩色壁画の特別陳列でした。
特別陳列 モンゴル草原7世紀の極彩色壁画「オラーン・ヘレム墓」の案内冊子。
壁画のトレース作業の様子ですね。大量のカビが発生し、存亡の危機に瀕していたそうですが、京都の文化財修復会社の手によって見事に蘇っています。
墓道西壁に描かれる白虎図
特別陳列の最大の見所は、ズバリ白虎図です。
西の方位の守護神として知られる白虎ですが、オラーン・ヘレム墓の白虎図は実にダイナミックで迫力に満ちていました!
イワミンマーキングクリップの背景に白虎図を置きます。
橿原考古学研究所附属博物館のミュージアムショップにて、マスコットキャラクター・イワミンのクリップを購入しました。お値段350円で、赤黄青の3種類のマーキングクリップが入っています。精巧に出来ていますが、かなり線が細いので壊さないよう大切に使っていこうと思います。
白虎図の雲気紋(うんきもん)。
白虎の足の下に雲の形をした紋が描かれていますね。立ち上る雲の流れを踏み、勢いよく空駆ける様子が描写されています。
すぐ横に、雲気紋の解説がありました。
躍動的な白虎が大空を駆け巡ります。
博物館の特別展示室に、原寸大の白虎図が掲げられていたのですが、その大きさにまずは圧倒されます。高松塚古墳やキトラ古墳とは違うスケールの大きさに息をのみます。さすがにモンゴルの大草原です。オラーン・ヘレム墓は実に巨大で、墓の入口から墓室までの全長は約60mにも及ぶそうです。
四神壁画で思い出すのがキトラ古墳ですよね。ここ数年来、整備工事が続いていたキトラ古墳周辺ですが、いよいよ9月24日(土)にキトラ古墳壁画体験館『四神の館』がオープンします。
オラーン・ヘレム墓の白虎図。
お墓の入口から伸びる墓道の東西壁に、それぞれ青龍と白虎が描かれています。
頭部は入口側の南を向いています。異国の墓ではありますが、やはりオラーン・ヘレム墓も南に開口しているようですね。被葬者が葬られる墓室は北の端という位置付けです。
ビデオ上映と楼門図。
館内ではオラーン・ヘレム墓をより身近に感じて頂くために、実際にお墓の中へ入って行く様子がCGで再現されていました。立体的に再現された映像を見ていると、あたかも墓室の中を体験してきたかのような錯覚に陥ります。
バーチャルリアリティーの体感は、間違いなくお墓への興味を掻き立ててくれます。
墓道北壁に描かれた楼門図。
左が実寸大の楼門図で、右が復原模写されたものです。屋根の上を雁のような鳥が飛んでいますね。
鴟尾の上には鳥が止まっています。
湾曲した屋根の先っぽに突起が見られます。この突起物は一体何を意味しているのでしょうか?
突起の解説がありました。
脊獣(せきじゅう)、あるいは走獣(そうじゅう)と呼ばれる屋根飾りのようです。
中国建築ではよく見られる装飾で、複数の動物像が並びます。オラーン・ヘレム墓の楼門図では簡略化された感はありますが、おそらく屋根飾りを表しているのでしょう。一種の魔除け効果が期待されたのではないでしょうか。
鴟尾の上空に、雁列(がんれつ)を思わせるシルエットが浮かんでいます。
一つ一つを見るとコウモリのようでもありますが(笑)、その隊列から想像するに、やはりこれは雁ではないかと思われます。
鴟尾と雁の解説もありました。
鴟尾上には一対の鳥が描かれています。これは、鴟尾上に鳥がとまっている、あるいは鳥の形の鴟尾の一部との二通りに考えることができます。さらに上空には、雁のような鳥12羽が列をなして飛んでいく様子が表現されています。これは死者の魂が外の世界に羽ばたく転生の様子を表しているとの見方もあります。
なるほど、輪廻転生の象徴として雁が描かれているのかもしれませんね。
12という数字も何だか意味深です。十二カ月、十二支、十二星座など、12はひとつの完結形を意味します。この世を終えて次なる世界に向かう時、十二羽の雁に導かれていく・・・そんな世界観がイメージされます。
ビデオ上映の一コマ。
楼門の下に開いた穴をくぐって、いよいよお墓の中へと入って行きます。
テーマパークの乗り物にでも乗っているかのような錯覚に陥ります。この墓室体験コーナーは、是非皆さんにも試して頂きたいと思います。TVモニターの前に立つだけでいいのです。リアルな遺跡体験が出来ます。
畏獣が睨みを利かせるオラーン・ヘレム墓
7世紀のお墓でありながら、発掘調査が行われるまで盗掘に遭わなかったというオラーン・ヘレム墓。
その最大の功労者は恐ろしい顔をした畏獣(いじゅう)だったのかもしれません(笑)
お寺には仁王像が立ちはだかり、神社には狛犬が居ます。仏様や神様を守るために、邪気の侵入を防ぐ役割を果たしていることはよく知られます。それと同じような役目を、畏獣という得体のしれない何者かが果たしていたようなのです。
天井(てんせい)に描かれた壁画の復原模写。
楼門図の右横に描かれているのが畏獣ですね。
ここで、オラーン・ヘレム墓の構造をご案内しておきます。
入口から北向きに、墓道という羨道のような道が掘られています。さらにそこから、水平方向の地下通路が約43メートル続いて墓室へと至ります。地下通路部分は4本の天井(竪坑)とこれらを結ぶ過道(かどう)、墓室へと通じる甬道(ようどう)から成ります。
天井はいずれも貫通する明天井のようで、上記の写真はそこに描かれた壁画の案内です。入口に近い方から天井1,2,3,4の順番になっています。
畏獣図(天井2北壁)復原模写。
鬼のような顔のこの絵は畏獣(いじゅう)と呼ばれるものです。侵入者を威嚇、恐れさせるなど、墓に入る邪気を払う機能をもちます。大きく鋭い角を持ち、顔には動物のような耳がつき、目と口は大きく開き、牙があります。顔の周りには逆立った髭が描かれます。
入口から二番目の天井に、侵入者を拒む畏獣が描かれているようです。
この世のものとは思えない迫力ですね(笑)
大きな口の中に引きずり込まれそうな、そんな恐怖に駆られます。
右側に描かれているのが蓮華図で、開花した蓮を横から見た様子です。それにしてもこの畏獣、耳の形も異様ですね。ラッパ状になっていて、悪い噂でも立てようものなら、即座に聞き取られて処罰されそうです。
オラーン・ヘレム墓の見取図。
なるほど、天井が四つ並んでいるのが分かります。
一番奥の墓室の手前、四つ目の天井の両側には壁龕(へきがん)と呼ばれる空間が設けられています。
横から見るとこんな感じなのですね。
たくさんの人が、墓室へと通じるトンネルの中に描かれています。
こちらは、天井1の西壁に描かれた牽馬図の復原模写。
馬を曳く少年らしき姿が写し出されます。
どこかあどけない表情をしています。
はだけた胸が印象的ですね。
墓室の壁面に描かれていた樹下人物図の復原模写。
被葬者は火葬されていましたが、その周りの凹凸の残る壁面に描写されていたようです。
壁画トレースの資料も展示されていました。
オラーン・ヘレム墓は調査の後、保護のために密閉されました。
高松塚古墳の四神壁画でも話題になりましたが、オラーン・ヘレム墓にも大量のカビが発生していたそうです。文化財保護の観点から、京都の彩色設計という会社が無償で復原模写を試みました。現地で壁画トレースと撮影を行い、それを元に貴重な壁画の復原模写が完成を見ることになります。
日本とモンゴルのつながりは相撲だけではなかったのですね。
最終コーナーでは、復原模写の様子が写真で紹介されていました。
モンゴルの首都ウランバートルは著しい経済発展で知られます。
オラーン・ヘレム墓は、そのウランバートルから西へ220㎞のボルガン県バヤンノール郡に位置しています。2011年にモンゴルとカザフスタンの共同発掘調査が行われたようです。未盗掘であったこの墓から、多数の副葬品と共に、モンゴル初となる極彩色壁画が発見されたのです。
キトラ古墳の壁画体験館も今秋にオープンします。
高松塚古墳やキトラ古墳の影響で、四神にご興味をお持ちの方も多いことでしょう。
遥か西方のモンゴルの大地において、青龍や白虎が長い眠りから目覚めたのです。特別展示室で巨大な白虎図を見上げながら、古代ロマンが果てしなく広がっていくのを感じます。
<橿原考古学研究所附属博物館の関連情報>