石上神宮のワタカ伝説

石上神宮には鏡池という静かな池があります。

景行天皇陵や崇神天皇陵を通って山の辺の道を北上します。石上神宮の近くまで来ると、右手に蓮の花の咲く池が見えてきます。そこを通り過ぎてさらに進むと、やがて左手に神秘的な雰囲気を漂わせる池が姿を現します。

石上神宮の鏡池

石上神宮の鏡池。

有名寺社には「鏡池」という名の池があちこちに見られます。東大寺にもありますよね。東大寺南大門をくぐって中門へ辿り着く手前にも、鏡池と称する池が水を湛えています。

鏡池に伝わるワタカの逸話

深くミステリアスな雰囲気を漂わせる鏡池には、後醍醐天皇にまつわる不思議なエピソードが伝わります。

この池には、奈良県の天然記念物に指定されているワタカという魚が生息しています。別名を馬魚(ばぎょ)と言います。

動乱の南北朝時代、後醍醐天皇が都を落ち延びて吉野へ向かう途中に内山永久寺に立ち寄ります。後醍醐天皇が乗っていた馬が嘶こうとしたため、追手に気付かれることを恐れた従者が馬の首を切って本堂前の池に投げ入れました。その後、この池には「草を食べる魚」が棲み付くようになったと言います。人々は馬の首が魚になったのだと考え、馬魚と呼ぶようになりました。

石上神宮の鏡池

鏡池の周囲には飛び石が整備されており、ちょっとした散策路になっています。

石上神宮の鏡池の「わたか」は、大正3年に内山永久寺跡の本堂池から移されました。この時に、同じく東大寺中門前の鏡池にも移されています。不思議な御縁で結ばれた石上神宮と東大寺。ワタカは日本特産のコイ科の魚とされますが、鏡池の水面をじっと見つめていても、さすがにワタカの姿を捉えることはできませんでした(笑) 社務所には鯉のエサも売られていますので、ご興味のある方は是非トライしてみて下さい。

石上神宮の鏡池

休憩所のすぐ傍に鏡池があります。

透明度は決して良くありませんので、一体どのぐらいの深さがあるのかも分かりません。

ワタカの写真をネット上で見つけましたので、ここにご紹介しておきます。口がやや上向きに付いているのが特徴のようです。馬魚と言われることからも、ちょっぴり馬面であることが分かります。琵琶湖や淀川水系に棲息する魚のようですが、今では全国の河川で見られるようになりました。水草や稲の若芽を食用にするワタカは、馬魚(うまうお)とも呼ばれます。石上神宮ではバギョと紹介されていますが、ウマウオと発音することもあるようです。

石上神宮の牛

鏡池の畔の休憩所脇に牛が坐していました。

なぜ石上神宮に牛が祀られているのか?疑問に思って色々調べてみたのですが、どうやら石上神宮の縁起とはあまり関係が無いようです。とある崇敬者が奉納したものなんだそうです。そう言えば、石上神宮のシンボルにもなっている鶏ですが、あの鶏も半ば偶然の産物のようなのです(笑) 元をただせば、20数年前に誰かが捨てていった鶏だったと言われます。その鶏が、今では神の使いとして大事に扱われているとのことです。

奈良県景観資産

鏡池の前に案内板が出ていました。

奈良県景観資産

石上神宮拝殿を眺望する楼門前参道

鬱蒼と生い茂る石上神宮社叢を控え、凛と張り詰めた空気に満ちた参道。

参道を歩いているだけで、おのずと身が清められる気がして参ります。この場所は確かに、奈良県が大切にしていくべき資産なんだと気付かされます。

石上神宮神杉と神饌所

東側の神杉と神饌所。

拝殿を囲む回廊の西側にもう一つの神杉があります。

神宮外苑公園の手前に建つ万葉歌碑には、石上神宮の神杉を謳った歌があります。

石上 布留の神杉 神びしに 我やさらさら 恋にあひにける

歌の意味はこんな感じです。

石上の布留の社の年ふりて 神々しい神杉のように年老いた私が、今さら思いもかけず恋に憑りつかれてしまったことよ。老いらくの恋、とでも申しましょうか。そんな心情を吐露した歌が謳われています。どうやら石上神宮の神杉は、古来より年月を感じさせるスピリチュアルな雰囲気に満ちていたようです。

石上神宮の神饌所

石上神宮の神饌所。

神饌所の左手に見えているのが社務所です。

石上神宮の回廊

石上神宮の廻廊。

拝殿前の斎庭を取り囲むように建てられた、連子窓の付いた廻廊です。現在の廻廊は、昭和7年に建てられています。石段を上がった所の扉が開いていますが、中に入ると国宝の拝殿が出迎えてくれます。

石上神宮拝殿

石上神宮の拝殿。

鎌倉時代初期に建立された国宝建築です。背後に見えている建物が本殿ですね。

石上神宮を信奉していた第72代白河天皇が、石上神宮鎮魂祭のために、永保元年(1081)に宮中の神嘉殿(しんかでん)を寄進したものと伝えられます。田植えの時期のでんでん祭の際、拝殿前のこの場所で雅楽奏者の奏でる音色に聞き入っていたのを思い出します。

個体数の減少により、絶滅が危惧されるワタカ。

流れの少ない静かな水域を好むと言われるワタカが、このままずっと石上神宮の鏡池でも生き続けてくれることを切に願います。