重文の四天王像を祀る西大寺四王堂

西大寺の中でも一際異彩を放つ建築物。

四天王像を安置する四王堂ですが、延宝2年(1674)に再建されています。裳階が巡らされた二重風建築が印象に残ります。裳階(もこし)は法隆寺金堂などにも見られますが、こちらの方が優美な感じがします。

西大寺四王堂

西大寺四王堂。

四方の守護神である四天王像が祀られるお堂です。

奈良時代の創建当初から残る像は、北を守る多聞天の脚部と四天王に踏み付けられる邪鬼のみとされます。目と口をカッと見開いた大胆な造形の邪鬼が四王堂の見所の一つになっています。

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京都法勝寺から移された長谷寺式十一面観音

四王堂の御本尊は十一面観音立像です。

周りを四天王に守護され、6m超の十一面観音様がお立ちになられています。大きな仏像ゆえ、なかなかの迫力が感じられます。四天王像と同じく重要文化財に指定されているようです。西大寺のシンボル・愛染明王坐像は意外にも小さい仏像でした。それに反し、四王堂の十一面観音は立派な体躯をなさっています。四王堂の御本尊ではあるのですが、元々西大寺に祀られていたわけではありません。京都法勝寺の十一面堂院から移されてきた仏像だそうです。

四王金堂 四王院

「四王金堂 四王院」と刻まれた寺号標。

西大寺東門から境内に入ると、一番最初に目にするお堂です。「金堂」と言うからには、お寺の心臓部を想像します。寺の御本尊が祀られるお堂を金堂と言うわけですが、現在の西大寺の御本尊は本堂に祀られています。なぜでしょう?そもそも西大寺の歴史は、四天王像の鋳造から始まっているのです。

四王堂境内の福禄寿

四王堂の敷地内に置かれているのは、寿老人(じゅろうじん)でしょうか?

七福神の福禄寿にしては、おでこが狭いような気がします(笑)

西大寺四王堂

西大寺の創建は天平神護元年(765)に遡ります。

聖武天皇の娘に当たる称徳天皇の発願により建立されています。当時強大な勢力を誇っていた藤原仲麻呂(恵美押勝)の反乱に際し、その戦勝祈願のために四天王像が造られたのです。創建当初は百十数棟に及ぶ大伽藍を誇っていたと言います。

四王堂の版築基壇

四王堂手前にこんな空間がありました。

創建当初の規模を伝えるという版築基壇なのでしょうか?

西大寺四王堂

裳階とは建物の軒下壁面に造られる庇風の差掛(さしかけ)のこと。

雨打造(ゆたづくり)とも言いますが、何かこう独特の風情を生み出していますね。

四王堂の拝観料は300円で、何と言っても四天王に踏み付けられる邪鬼が見ものです。邪鬼の表情からは、藤原氏の反乱を押さえつけようとした称徳天皇の思いが伝わってくるようです。

三十三カ所観音霊場石仏

南門を入って左側に並ぶ石仏群。

三十三カ所観音霊場のご利益に授かれる場所のようです。

西大寺四王堂

今年も四天王の大立山が巡行する奈良大立山まつりが終わりましたね。

大立山まつりは、冬の奈良観光を鼓舞するために開かれる祭典ですが、西大寺から平城宮跡は徒歩圏内です。意外と近くて驚く人もいらっしゃいますが、奈良市内の観光ルートとして覚えておくのもいいでしょう。

西大寺の歴史は四天王像に始まる。

その史実に触れ、益々西大寺に対する興味が湧いてくるのを覚えました。