9月に見頃を迎える本薬師寺跡のホテイアオイ。
毎年訪れているのですが、今年も藤原宮跡の見学ついでに足を運んでみることに致しました。
休耕田に開花するホテイアオイ。
ミズアオイ科の布袋葵(ほていあおい)は金魚の水槽などでもおなじみの浮水植物です。
多年生植物なのですが、日本では越冬が困難な植物としても知られます。熱帯アメリカ原産で、暑さには強いけれども寒さには弱いのです。しばしば冬季枯れで腐ってしまい、水質汚濁が問題になっています。元は日本には生育していなかった植物です。繁殖力の非常に強い外来植物として毛嫌いする人もいらっしゃいますが、こうやって綺麗な花を咲かせるとそんな問題も吹き飛んでしまいますね。
万葉集に詠われた大伴旅人の歌
奈良県内の観光名所や観光ルートには、昔を偲ぶ万葉歌碑が数多く見られます。
その土地に因んだ万葉歌が案内されているのですが、本薬師寺跡の入口にも案内板がありました。
それにしても見事な咲きっぷりです。
厚手の葉っぱが艶々していますね。
本薬師寺跡の道標の真下に万葉集の歌が案内されていました。
左の道路は藤原宮跡方面へと続いています。
忘れ草 我が紐に付く 香具山の 古りにし里を 忘れむがため
万葉の時代の忘れ草はヤブカンゾウのことを指しています。八重咲きのヤブカンゾウを持っていると、辛いことを忘れさせてくれると信じられていたのです。ユリ科の多年草・藪萱草(やぶかんぞう)は、夏になると赤や黄の花を咲かせます。身に帯びることで憂いを忘れることが出来たと云います。
今に言う、勿忘草(わすれなぐさ)とはちょっと違うようですね。尾崎豊の歌の題名にもあった勿忘草は、英名を forget-me-not と言います。ムラサキ科の多年草で、ヨーロッパ原産の観賞用の花です。藍色の小花を多数付ける勿忘草はヤブカンゾウとは似ても似つかぬものです。
話が逸れてしまいましたが、この万葉歌の作者は大伴旅人です。
九州全域を治める役所の長官・太宰帥(だざいのそち)として赴任していた60代の頃の歌とされます。左遷だったのでしょうか、都から遠く離れた大宰府で最愛の妻をも失った旅人(たびと)。妻と過ごした若き日は、天香具山の麓だったのでしょう。
忘れ草を着物の紐に付けよう、香具山山麓の故郷を忘れることができずに苦しみ続けているのだから・・・。そんな歌の意味になります。
西の方向に畝傍山を望みます。
本薬師寺跡の西に畝傍山、東に天香具山、そして北には耳成山が佇みます。大和三山に囲まれた場所に、ホテイアオイで薄紫色に染め上がった本薬師寺跡があります。万葉人たちにもこの風景を見せてあげたかったなと思います。日本の固有種云々ではなく、単純に綺麗なものは綺麗ですからね。
西の京・薬師寺の前身に当たる本薬師寺
奈良県内には頭が混乱してしまいそうな名前のお寺が幾つかあります。
薬師寺、新薬師寺、本薬師寺などがその最たるものではないでしょうか。この三つのお寺の中で、薬師寺と本薬師寺には深いつながりがあります。しかしながら、新薬師寺は薬師寺や本薬師寺とは全く関係がありません。しっかりとおさらいしておかなければなりませんね(笑) 十二神将立像で有名な新薬師寺の「新」は新しいという意味ではなく、霊験あらたかなという意味になります。薬師寺とは無関係なのです。
本薬師寺跡の小堂と礎石群。
橿原市城殿町の本薬師寺は、西の京の薬師寺の前身に当たります。天武天皇が皇后・持統天皇の病気平癒のために祈願して建立しています。大和三山に囲まれた風光明媚な場所というだけで、天武天皇の思いが伝わってくるような気が致します。
今も飛鳥の地に、天武持統天皇陵として合葬されている仲睦まじい夫婦です。その愛のカタチを、ここ本薬師寺跡に感じてみるのもいいですね。
小堂の前庭には、金堂礎石や東西両塔の上壇、塔の心礎などが残されています。金堂はおろか、東塔・西塔も建っていたのかと思うと、往時の繁栄を偲ばずにはいられません。
天武9年(680年)に薬師如来を本尊とする寺の建立に着手した天武天皇。完成を見ない内に天武天皇が崩御したため、持統天皇がその遺志を継いで完成させたと伝えられます。
礎石に近付いてみます。
こうやって見ると、なぜか人の顔に見えてきますね(笑) 目の錯覚に過ぎませんが、補完機能が働いてしまうのでしょうか。礎石の向こうには開花し始めた彼岸花が見えています。
こちらはキバナコスモスですね。
藤原京資料室の近くにも咲いていたキバナコスモス。秋桜よりも少し早めに、野趣あふれる花を咲かせます。藤原宮跡のコスモスの見頃は10月に入ってからだと思われます。
様々な種類の花を楽しむことができる本薬師寺跡に、数多くの見物人が訪れるのも納得ですね。
史蹟元薬師寺址。
小堂の背後に石標が建っていました。小堂の周りにレジャーシートを広げて、お弁当を食べておられるグループもいらっしゃいました。微笑ましい光景です。
ホテイアオイ定植農園。
うねび北小学校の2年生が植えたホテイアオイです。主催:城殿町霜月会
地元の小学生の協力もあって、私たちは満開のホテイアオイを楽しむことができます。改めて感謝の気持ちでいっぱいになりますね。
畝傍山を背景に開花するホテイアオイ
ここのホテイアオイは畝傍山を背景に咲くからイイ、そう言う人も多いのではないでしょうか。
まさしくおっしゃる通りです。
ただただ咲いているのではない、そこに歴史的背景を感じるから趣深いものがあるのかもしれません。
大和三山の畝傍山を背景にホテイアオイが花を咲かせています。
手前は柿の葉っぱです。所々に実も成り、そろそろ秋の気配も漂います。
手前左側には萩の花も咲いています。
万葉集に数多く詠まれた萩は、誰もが納得する日本の花です。この真っ直ぐに伸びる畔もいいアクセントになっていますよね。
畔の延長線上に畝傍山をとらえます。
少し肩を傾げたような、この左右対称ではないところが畝傍山の見所なのかもしれません。ほぼ対称形の耳成山には感じられない魅力と言ってもいいでしょう。
根っこを水中に漂わせて浮くホテイアオイ。
メダカなどはホテイアオイの根の間に卵を産むことで知られます。ホテイアオイは時に、水中生物の命をも育んでいるんですね。ホテイアオイの根は水中の窒素やリンを吸収するそうです。水質浄化に役立つため、貯水池などでも栽培されています。
実に広い範囲に渡ってホテイアオイが植えられています。
その手入れにかかる労力はいかほどのものか、察するに余りありますね。毎年美しい花を見させて頂き、本当にありがとうございます。この場をお借りしてお礼申し上げます。
ホテイアオイはホームセンターなどで100円で購入することができます。越冬することができず、毎年新たなホテイアオイを購入する人も多いと聞きますが、こまめに手入れをすれば越冬も決して不可能ではないようです。
本薬師寺跡のホテイアオイですが、冬期はこの場所はどうなっているのでしょうか。気になるところですね、今冬にでも一度訪れてみようかなと思います。
当場所での三脚を立てたカメラ撮影は、通行の妨げとなるとともに危険を伴いますので、禁止させて頂きます。 橿原市
三脚使用禁止の看板です。
ホテイアオイの花園を縫うように細い畦道が通っています。非常に細い畔ですし、その脇を固めているわけでもありません。通行の際に三脚を避けるため、ぬかるみに足を取られたら大変です。カメラ愛好家の方々に対する注意喚起です。決まりごとは守るように致しましょう。
蓮と畝傍山の風景。
すっかり花は落ち、黒い花託が顔を覗かせていました。今年の7月の終わり、藤原宮跡で蓮の花を楽しみましたが、藤原宮跡から本薬師寺跡までは車でわずか数分の距離です。
ハナハスこそ見られませんでしたが、その大きな葉っぱが賑やかに躍っていました。
こちらは彼岸花ですね。
見れば見るほど、魅惑的な花です。ヒガンバナと言うよりも、「曼珠沙華」と呼んだ方がしっくりきます。語感からくる妖艶な響きが印象的です。
一旦ホテイアオイの花薗から出て、脇道を歩きます。
こんなところにも曼珠沙華が開花の時を待っています。山は大きいから、どこからでもカメラの構図の中に入れることができます。四方を山に囲まれた大和は「山処(やまと)、山都(やまと)」に由来するとも言います。海無し県ではありますが、山の恵みにあふれた、山あっての奈良県であることを改めて思います。
ホテイアオイの葉柄。
空気を含んで水面に浮かぶ葉柄は、七福神の布袋さんのお腹を想像させます。ホテイアオイの名前の由来は、布袋さんの「ほてい腹」にあります(笑) 何とも縁起のいい名前ではないでしょうか。
6枚の花弁の上部に付いた黄色い斑点が炎のようにも見えます。
不思議と6枚の中の一番上部、時計の針で言えば12時を指す花びらにだけ黄色い斑点が見られます。こういうのを自然の摂理と言うのでしょうか。誰が決めたわけでもない、ホテイアオイの花の特徴です。じっと見ていると、黄色い斑点の周りの青い部分も炎に見えてきます。
少し小高い丘陵の頂にも礎石がありました。
ぽこっと出べそのような突起が見られます。ひょっとしてこれが塔の心礎なのでしょうか。
反対方向には畝傍山を望みます。
ここはちょっとした高台になっているので、ホテイアオイの全体像を見渡すには最適のポイントです。
丘陵を下りて駐車場方向へ向かいます。
休耕田の畦道に割れ目が入っていました。
ホテイアオイの見頃を迎え、見物客の往来が激しいのでしょうね。こういった箇所は注意して通行しなければなりません。ズルズルッといきかねませんからね(笑)
畦道の左側が崩れ出しています。
これは足を取られると危険ですね。遠くを見ながら歩いていたら、気付かずにずるっと入ってしまう可能性があります。足元に注意して移動するようにしましょう。
本薬師寺跡のホテイアオイの見頃は8月中旬から9月下旬です。
毎年10月の第2月曜日には、本薬師寺祭りが催されます。かつて本薬師寺で執り行われていた柴燈護摩焚きが、天川村洞川や大峯山龍泉寺の協力によって復活しています。
本薬師寺跡へのアクセスは近鉄畝傍御陵前駅より徒歩9分、近鉄橿原神宮前駅より徒歩20分、コミュニティバス飛騨町より徒歩12分となっています。