私たちは自分が生まれる国や地域を選ぶことが出来ません。
もちろん、親も選べません。
なぜか分からないけれども、今の親がいて住む場所があります。大学進学や会社の転勤で都会に暮らす人も多いでしょう。そんな方々も、お盆と正月にはそれぞれの故郷へ帰ります。ふるさとには産土神(うぶすながみ)がいて、今もその土地を守り続けています。
私にとっての産土神・大神神社。
大神神社は大和国一之宮ですが、全国各地には小さな神社も多く祀られています。自分の家の近くの神社、その狭い境内にも立派な産土神がいます。宮司の居ない神社も多いことでしょう。でも、少し離れた場所の別の宮司さんが管轄なさっているのかもしれません。
ふるさとの匂いに包まれ、自分の原点に立ち返る結婚式
八幡さんかもしれないし、春日さんなのかもしれない。
自分が生まれた場所に、古来祀られるお社には代え難い ”何か” があります。土地とは切り離せないもの、長年培われてきた場のエネルギーには私たちを守ってくれる何かがあるはずです。
身土不二(しんどふじ)という言葉があります。
そこには ”地産地消” に近い意味が含まれています。その土地で育ったものをその場で消費する。神様から頂いた自分の「身」は「土」とは切り離せない、つながりのある「不二」である・・・と。
文明の発達により、海外の食材も簡単に入手できる時代です。そんな時代であればこそ、身土不二の考え方がより重要度を増すのでしょう。
一時期流行ったリゾート婚。
ハワイやグアムで式を挙げるカップルが多数いらっしゃいました。もちろん、今でも一定の人気はあります。そんな中、日本の地方で挙げる結婚式もいいのではないでしょうか。地方創生、地域起こしなどが話題になる昨今です。外国人観光客の行き先も、最近では田舎が人気だと聞きます。
広がりながら狭くなる。
いつの時代も、歴史は繰り返されるものなのかもしれません。海外挙式が外向きなら、うぶすな婚は内向きです。バブルが崩壊して久しい日本にあって、確たる原点への回帰が ”郷愁” をもって迎えられます。
縁結びの神様が祀られる有名な神社がいいという人もいるでしょう。
あるいは全くそんなものには関係なく、純粋に自分の生まれ育った産土に立ち返りたいという人もいるでしょう。いつどこで生まれるのか、この一番根元的なスタート地点を選べない私たち。人生を出発させる時と場所の選択肢を持たない私たちは、やはり産土神の懐に戻っていくのが自然なのかもしれません。
奈良県桜井市という場所を思えば、うぶすな婚の薦めの他にも、古墳という歴史遺産が頭をよぎります。
古墳イベントなどの「墳活」が賑わいを見せています。かなり一足飛びではありますが、古墳を舞台にする「墳婚」があってもいいのではないか、そんな風にも思えるのです。まぁ、現時点ではかなりの極論ではあります(笑) 終活が声高に叫ばれ、以前よりも人の死を日常的に感じるようになりました。墓仕舞い、手元供養など人生の終わりに関するキーワードが新聞紙面を賑わせます。
纏向遺跡。
人の死を語ることはタブーではなくなった。
一昔前に比べれば、明らかにその変化を感じる今日この頃です。最低限の節度はわきまえなければいけませんが、古墳や遺跡も人の集まる場になるのではないでしょうか。
産土神に報告する『うぶすな婚』。
あってもおかしくない婚礼スタイルだと思います。
本格的に始動すれば、お決まりの神社以外でも、多数の神社が名を挙げることになります。人材の確保が最大の課題にはなりますが、動き出せばそれなりに稼働していくのではないでしょうか。