葛木坐火雷神社の名前の中に、雷(いかづち)という古語が見られます。
言わずと知れた雷(かみなり)のことですが、この「いかづち」という言葉に着目してみたいと思います。
火の神様と音楽の神様を祀る笛吹神社(葛木坐火雷神社)。
笛吹神社には火の神様である火雷大神(ほのいかづちのおおかみ)が祀られています。宮中大膳職坐神ということもあり、火を扱う消防関係筋や飲食業、製造業、工場関係者などから崇敬を集めています。
雷の語源に神を感じる笛吹神社境内
雷の神様と言えば、京都の上賀茂神社や建仁寺の風神雷神図屏風、ひいては奈良県明日香村の雷丘(いかづちのおか)などを思い浮かべます。
雷は「神鳴り」に通じます。
おどろおどろしい自然現象である雷は、古代の人たちにとって神様への畏怖そのものだったのかもしれません。
笛吹神社境内の雷(笑)
大砲が置かれている広場の地面に地割れが見られました。これはまさしく雷!?
古語の雷(いかづち)という言葉は、イカ(厳)ツ(助詞)チ(霊)に由来しています。現在も使われる「厳(いか)つい」という言葉にその名残を見ることができます。武骨で荒っぽい霊のことを雷(いかづち)と表現していたものと思われます。
脇田神社からさらに西の山手へ上がって行くと、旧忍海郡総社の笛吹神社が鎮座しています。その創建は神代とも神武天皇の御代とも伝えられますが、今も詳細は明らかではありません。
古代史にその名を刻む笛吹神社。
その佇まいからも、ただならぬ風格が漂います。
鉄柵左側の石柱に、笛吹神社の祭祀を代々受け継ぐ持田家の名前が刻まれています。鳥居左手の民家の表札にも「持田」と書かれていたことを思うと、隣の家は宮司さんの官舎も兼ねているのかもしれませんね。
笛吹神社のトイレ。
鬱蒼とした杜に囲まれた境内ですが、ちゃんとトイレも整備されています。
拝殿へと上がって行く石段を右に曲がると、社務所前の広場に出ます。そこに参拝客用の洗面所が用意されていました。
拝殿へと続く石段。
いかづちはまた、霹靂神(はたたがみ)とも言われました。青天の霹靂の「霹靂」ですね。激しく鳴り轟く「はたたがみ」に神の威光を感じてもおかしくはありません。
左手前のイチイガシの木から大砲の方向を望みます。
奈良県指定天然記念物のイチイガシも、笛吹神社の見所の一つです。
参拝を終えて帰りがけに見つけた地面の裂け目。
偶然ではない何かを感じます。
これを見てから帰りなさい・・・何かそう言われているような気が致しました(笑)