白川書院発行の『日本の老舗』が届きました。
ライターの西田さんにお越し頂いた今回の取材案件。素晴らしい出来栄えに、家族共々大変喜んでおります。この場を借りて改めて御礼申し上げます。
『日本の老舗』第327号。
表紙画は浜田泰介氏による「最上川秋影」です。
和歌や俳句の題材としてよく知られる最上川ですが、延長225㎞に及ぶ日本有数の大河でもあります。冊子の見開きには、日本老舗百店会に名を連ねる老舗の名前が列記されていました。
ご先祖様にフィーチャーした物語!料理旅館大正楼の歴史
料理旅館大正楼の創業者は宇田平治郎です。
初代平治郎は40代の若さでこの世を去っています。創業時の風景が蘇るような描写で執筆頂き、改めて感謝申し上げます。おそらく平治郎も喜んでいることでしょう。
大正楼の外観写真。
”長い側溝蓋をあしらった「大正楼」のアプローチ” と題し、2m弱の柱状石列が紹介されています。
大広間と舟底天井の客間。
大広間の会食風景ですが、数年前まではお座敷スタイルでした。時代の流れに従い、現在では高座椅子と宴会テーブルに仕様変更しています。
大正楼創業者の宇田平治郎。
記事掲載に当り、西田様から初代平治郎の写真提供を依頼されていました。
創業後間もなく亡くなった平治郎。
平治郎の妻ヨスエと2代目ハルエの奮闘により、大正楼の経営は軌道に乗ります。私の父に当たる3代目茂夫の代には、山の辺の道の人気も高まり、宿泊客の数も徐々に増えていきました。
『日本の老舗』の広告欄。
鶴屋吉信と聖護院八ツ橋総本店ですね。
「祗園東の祗園をどり」が特集されていました。
京都に多い ”日本の老舗” ですが、京都の花街も歴史の歩みを共にしてきたことでしょう。
今回の取材で、改めて館内の奥深さを知った私。
お恥ずかしながら、それまで歴史ある旅館の意匠に興味を抱くことはありませんでした。連綿と受け継がれる日本の伝統文様など、まだまだ勉強の余地がありそうです。
客室隅の三角コーナー、楠の一木造り彫刻、さらには玄関ランタンなどもご紹介頂きました。
未だに謎の三角コーナーですが、その用途は何だったのでしょうか。
屋号看板横のランタン。
普段は気にも留めていないものにも光を当てて頂きました。
縁側の手摺りと石灯籠。
”物語り消費” の時代と言われて久しい昨今、宿泊施設そのものにもストーリーがあることに気付かされました。灯台下暗しとはこのことですね。大正楼の歴史を掘り起こして下さった西田様に、改めて御礼申し上げます。この度は誠にありがとうございました。